「交渉は駆け引きである」という勘違い

ビジネスで交渉は重要です。折衝やネゴシエーションなどとも言います。得意先との商談、労使協議、関係部署間の調整など、多くの場面で「建設的な交渉」が必要となります。理想は双方にとってのwin-winですが、そううまくはいきません。ある程度の勝ち負け、損得はあるし、決裂もある。強引な無理強い、単なるお願い、中身の薄い妥協などにもなりかねない。これらはもはや交渉とは言えません。力関係、貸し借り、なれ合いなどが背景にありそうです。学問ではないので、交渉の定義にあまり意味はありませんが、ここでは一応win-winを目指すという前提で考えましょう。

交渉に臨むとき、「まずテクニックを重視する」のは間違い(勘違い)です。その場しのぎになったり、後味も悪かったりする。良くない評判が拡散するリスクもあります。別に詐欺などの違法行為でなければいいのですが、企業ブランドを毀損する恐れはあります。例えば、High ball、Good and Bad COPなどの欧米流のテクニック(詳細割愛)。これらを全否定するわけではありませんが、活用するならほどほどにしておいた方がよいでしょう。

ではビジネスでの交渉の本質的なポイントは何か? それは「準備」と「信頼形成」だと思います。準備の段階で、①お互いの利益を明確にする、②選択肢を用意する、③BATNAを決めておく(交渉が決裂した場合に備える)、この3つが必要です。そして事前および現場での信頼形成に努める。誠実で情熱的な姿勢を示すことです。以前も書きましたが、幕末の二つの事例が象徴的です。うまくいった例は、西郷隆盛と勝海舟の交渉による「江戸城無血開城」。お互いに相手(人物・考え方)を知っており、ある程度のリスペクトがありました。山岡鉄舟の地ならしもよかった。利益、選択肢、BATNAも準備されていました。一方うまくいかなかった例は、戊辰北越戦争の起点となった小千谷談判です。交渉人は長岡藩家老の河井継之助と、新政府軍軍監の岩村精一郎。河井は「武装中立」を主張し、岩井は「敵か味方か」を迫った。結果、わずか30分で交渉は決裂し、泥沼の戦いに突入します。初対面の二人が、お互いの考えを主張しただけでした。この話は司馬遼太郎の原作が映画化され(峠 最後のサムライ)、今年公開される予定です。

私たちが交渉だと思っているものの多くは、厳密には交渉ではないのかもしれません。命令、説得、依頼、恭順、妥協。しかしその中にも交渉的要素は必ずあるはずです。変に駆け引きしたり、脅したり、卑屈になったり、無理な作り笑いをしたり・・・、これらはどうやら本質ではないようです。準備と信頼形成、これを軸にして話し合いに臨みたい、そう思います。

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